音楽・アーティスト


B'z(ビーズ)は、ギタリストの松本孝弘とボーカリストの稲葉浩志からなる日本のロックユニット。所属事務所はVERMILLION。所属レーベルはVERMILLION RECORDS。公式ファンクラブは「B'z Party」。 1988年にシングル『だからその手を離して』とアルバム『B'z
143キロバイト (15,218 語) - 2021年2月3日 (水) 23:02



(出典 img.hmv.co.jp)


清水ミチコさんが、ロックの歌い方講座で、「ら(あ)いすれば~、ら(あ)いするほど~」って歌うと、ぽくなるって言ってて、『今夜月の見える丘に』が好きになりました。

1 フォーエバー ★ :2021/02/04(木) 22:21:23.07

1988年に結成したB'z。約30年にわたって日本の音楽シーンの第一線で活躍している音楽ユニットです。ギタリストの松本孝弘さんと、ボーカリストの稲葉浩志さんが作り出す楽曲は、熱狂的なファンを獲得。日本でもっともアルバムをセールスしたミュージシャンとして、ギネス記録を持っています。

【画像:ランキング53位~1位を見る】

 それでは、オリコン調べによるシングル売上TOP3にランクインした3枚を紹介します。

●愛のままにわがままに 僕は君だけを傷つけない
 オリコンのシングル売り上げランキング第1位「愛のままにわがままに 僕は君だけを傷つけない」。1993年3月に発売された12枚目のシングルです。冒頭、弦楽器によるメロディーが寂しげな雰囲気を漂わせつつ、一転、松本孝弘さんのギターソロが雷鳴のごとく響き渡る構成。

 曲中に何度も出てくる「愛のままにわがままに 僕は君だけを傷つけない」というフレーズは、一途に恋心を抱く男性のジレンマが描き出されています。愛するがゆえに自己中心的な行動をとってしまうけれど、君を必ず幸せにしてみせる。そのような強い想いを感じる名曲。

●LOVE PHANTOM
 第2位の「LOVE PHANTOM」は、1995年にアルバム「LOOSE」の先行シングルとして発表されました。冒頭の約1分間、不安感を煽るようなサウンドにより、ミステリアスな雰囲気を作り出し、壮大な物語の始まりを予感させます。

 歌いだしてからは一転、激しく情熱的なロックサウンドで進行。まるで舞台上で演じられる恋愛劇のような、濃厚なラブソングです。1990年代、日本の音楽シーンを表す曲の一つだと感じる人も多いのではないでしょうか。

●BLOWIN’ / TIME
 「BLOWIN’ / TIME」は、記念すべき10枚目のシングル。アップテンポでノリが良く、ポップスとロックを程よく融合させた、ポップロックという新たなジャンルを確立するきっかけとなった曲のひとつでしょう。

 なお、BLOWIN’の影に隠れた感じになっていますが、TIMEの方が好きだという人も多いでしょう。大切な人との別れをギターとシンセサイザーで爽やかに描き出しています。


 B'zがこれまでリリースしてきたシングルの中から、オリコンシングル売上TOP3を紹介しました。B'zは時代が移り変わっても、その音楽性は変わらず、さまざまな名曲を発表し続けています。あなたが一番好きなB'zのシングルはどれですか?

2/4(木) 22:05配信 ねとらぼ調査隊
https://news.yahoo.co.jp/articles/38c22b8a8a7b8617b1b482e98b32cc7c62b2bbc4

(出典 i.imgur.com)


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山口 百恵(やまぐち ももえ、1959年(昭和34年)1月17日 - )は、日本の元歌手、女優。活動時の所属事務所はホリプロで、レコード会社はCBSソニーに所属していた。 本名は三浦 百惠(みうら ももえ、旧姓:山口)で、芸能界引退後に三浦百恵名義で作詞を行っている。夫は俳優の三浦友和(1980年1
56キロバイト (5,091 語) - 2021年1月30日 (土) 10:45



(出典 musicsark.info)


人気絶頂の21歳で結婚、引退。芯の強い人ってイメージです。VTRで流れる「坊や…」って歌うときの表情がゾクッとする程色気を感じます。

1 砂漠のマスカレード ★ :2021/02/03(水) 15:57:15.73 ID:CAP_USER9.net

昨年10月にNHK BSプレミアムで放送されるやいなや反響が殺到し、1月30日にNHK総合で異例の再放送が行われた『伝説のコンサート“山口百恵1980・10・5 日本武道館”』。わずか7年半の活動で芸能界を引退した山口百恵だが、その“伝説”は今も決して色あせていない。

引退コンサートでは企画会議から携わったという百恵。なかでも、選曲には強いこだわりを見せていたという。当時、構成を担当した演出家の宮下康仁さんはこう明*。

「宇崎竜童さん(74)、阿木燿子さん(75)夫妻と初めてタッグを組んだ『横須賀ストーリー』ができたとき、百恵ちゃんが『宮さん、聞いて! 次、すごい歌ができたから』って言うんです。百恵ちゃんはそこから変わっていきましたね。引退コンサートで百恵ちゃんが『とにかく私はこの1曲が歌えればいいの』と言っていたのも、宇崎さん夫妻が提供した『曼珠沙華』でした」

その選曲を巡って、百恵ファンの間で噂されている“都市伝説”がある。往年のファンは言う。

「引退コンサートで百恵さんは、デビュー曲から最新曲まで網羅した全30曲を披露しました。でもその裏で、ベスト盤的な選曲を求めた総合演出のTBS・山田修爾プロデューサーに対して’80年発売のアルバム『メビウス・ゲーム』の曲目を中心に構成したかった百恵さんが猛反発していたそうなんです」

宮下さんは噂を「それは本当です」と認めたうえで、“開催危機”があったことまで明かしてくれた。

■「私の友達をなんだと思ってるの!」百恵が激怒した理由

「百恵ちゃんは、『横須賀ストーリー』より前の歌はあまり歌いたくなかったんです。ですから当初、デビュー当時の曲はまったく入っていませんでした。そこでTBS側が百恵ちゃんと親しい人を介して説得しようとしたんです。すると百恵ちゃんを『私の大事な友達をなんだと思ってるの!』と余計に怒らせてしまって。百恵ちゃんは『もう放送はいらない』とまで言ったんです。最終的に私がなんとか説得して百恵ちゃんも『わかった』ということで収まりました」

語り草となっているのがやはり最後。ラスト1曲の『さよならの向う側』を涙ながらに歌い終え、深々とファンにお辞儀をし、ゆっくりとマイクをステージ中央に置く百恵。そして、悠然と客席を見回して、静かにステージから去っていった。

この間、約150秒で百恵は永遠に人々の記憶に刻まれることとなったのだ。

その場で目撃していた盟友・野口五郎(64)はそのときの様子を本誌にこうコメントする。

「ラストコンサートの隣の席は(西城)秀樹でした。彼女が最後にマイクを置いたとき、僕も秀樹もアーティスト席の皆が、客席のファンの方たちより率先して、スタンディングオベーションをしたように僕は記憶しています」

この“伝説の150秒”にも百恵の強い意思が込められていたのではないかと、宮下さんは言う。

「よく『演出でマイクを置かせたのですか?』と聞かれるのですが、常に『そうじゃない』と言ってるんです。やっぱり百恵ちゃんの“最後の気持ち”だと私は思うんです。彼女のメッセージをあの舞台に込めて作っていたのでしょう。とにかく21歳にして心から尊敬できる女性でした」

令和になった今も、百恵は日本の“夢先案内人”として導き続けていくことだろう――。

「女性自身」2021年2月16日号 掲載

https://news.livedoor.com/article/detail/19635182/
2021年2月3日 6時0分
女性自身


(出典 image.news.livedoor.com)


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松田 聖子(まつだ せいこ、1962年3月10日 - )は、日本の歌手、シンガーソングライター、女優。1980年にデビューしてから今日に至るまで活躍し続ける日本を代表するアイドルである。女優の神田沙也加は元夫・俳優の神田正輝との娘。 福岡県久留米市荒木町出身。所属事務所はfelicia
159キロバイト (16,848 語) - 2020年12月22日 (火) 04:31



(出典 storage.mainichikirei.jp)


現代のアイドルの歌が30年後も歌い継がれているか?と考えた時、この時代を築いたアーティストたちは偉大ですね。

1 爆笑ゴリラ ★ :2020/12/27(日) 08:43:23.77 ID:CAP_USER9.net

12/26(土) 16:04
SmartFLASH

松田聖子に名曲提供した松任谷由実「アイドルが嫌いだったんです」
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 松田聖子が、12月23日放送の『松田聖子スペシャル ロング・バージョン 風に向かって歌い続けた40年』(NHK総合)で、彼女を支えたクリエイターからの言葉に涙した。

 松田の8枚目のシングル『赤いスイートピー』は多くの女性の心をつかみ、彼女の代表曲となった。作詞した松本隆は同曲に「人間の繊細な心の動き、微細な心境の変化を描けたらいいなと思った」と回想。

 呉田軽穂名義で作曲の松任谷由実は、「アイドルが嫌いだったんですよ、私。アイドルの世界は強大で『仮想敵国』みたいに思わないとやっていけなかった」と本音を吐露。続けて「変な気概があったところに(作曲の依頼が)舞い込んだ。挑戦的なところがありました」と振り返った。
 
 松任谷はこのほかにも『渚のバルコニー』『秘密の花園』『瞳はダイアモンド』といった曲で松本隆とタッグを組み、松田に提供してきた。松任谷は「一緒の時間を共有できて本当に光栄だと思っています」と松田に感謝していた。

 インタビューVTRを見終えた松田は目に涙をためて、「すばらしい方々に曲を書いていただいた。皆さんに感謝の気持ちでいっぱいです」と感情を吐露。「あのすばらしい曲があったから今の私がいることができるので……胸がいっぱいですね」と万感の思いを語った。

 そんな松田聖子の声を受け、SNSにはさまざまな反応が寄せられた。

《松任谷由実が曲作ってるの知らなかった。いや、聞いたことあるかも知れないけど、忘れてた。関係するミュージシャンのインタビューや聖子ちゃんの涙ぐむ様子がとても良かったですね》

《松本隆さんとユーミンに聖子ちゃんってやっぱ最強だよな!》

《聖子ちゃんの曲の作曲者呉田軽穂がユーミンだって、40年ぶりに知った!!!》

「同番組では、マイケル・ジャクソンなどを手がけたクインシー・ジョーンズが、ジャズを提案してきたことで、松田さんがアルバム『SEIKO JAZZ』を発表し、アメリカの配信チャートで2位を獲得した話も紹介されました。

 松田さんは『ジャズとポップスをこれからも元気で歌っていけたら』と意欲を語っていました」(芸能ライター)

 多くのクリエイターが松田の才能を引き出し、数々の名曲が生まれたのだ。


(出典 amd-pctr.c.yimg.jp)

https://news.yahoo.co.jp/articles/e1ef6b8081650dbdf343d5a05114a9c4804f31cb


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甲本 ヒロト(こうもと ひろと、本名:甲本 浩人、1963年3月17日 - )は、日本のミュージシャン。身長174cm、血液型O型。既婚。俳優の甲本雅裕は実弟。 ラウンド・アバウト、THE COATS、THE BLUE HEARTS、ヒューストンズ、↑THE HIGH-LOWS↓を経て、現在はザ・ク
27キロバイト (3,756 語) - 2020年11月18日 (水) 12:09



(出典 img.barks.jp)


なぜこの人の言葉って響くのか。30年経っても色褪せない不思議な魅力があります。

1 muffin ★ :2020/11/21(土) 23:04:55.94

https://news.mynavi.jp/article/20201121-1514760/

ロックバンド、ザ・クロマニヨンズの甲本ヒロトが、21日に放送されたフジテレビ系バラエティ特番『まつもtoなかい ~マッチングな夜~』(21:00~23:10)に出演し、“今の音楽”に対して思うことを語った。

甲本は「若い人はみんないいと思う」とした上で、「アナログ世代とデジタル世代の違いで1カ所感じるのは、歌詞を聴きすぎ。僕らは音で全部聴いてた。意味なんかどうでも良かった。ロックンロールはものすごく僕を元気にしてくれたけど、元気づけるような歌詞なんか1つもないんだよ。関係ないんだそんなこと。でもデジタルになると、情報としてきれいに入ってきちゃって、歌詞を文字で追いすぎてるような気が、ちょっとだけする」と考えを披露。

マッチング相手の菅田将暉は「どういう意味なんだろうとか、すぐ調べられちゃいますからね。携帯で音楽聴いてても、すぐ歌詞を出せたりするんで、歌詞を見ながら聴いたりするのは増えましたね」と、思い当たる節あるようだ。

これを受け、松本人志は「今のすべてにおいてですけど、“完成されすぎている”ところがちょっと不満かなぁって、お笑いに関しても少し思うときはありますね。もっとスベってもいいのに」と、甲本に同調。中居正広が「教科書が(ネット上に)どこにでも載ってる」と納得すると、甲本は「ぼんやりしてないんですよね。ぼんやりしてるとどこに焦点を合わせるかを自分で選べる。だけど1枚に(明確化)されると、みんなそれしか見れない。もっとぼんやりしていていい」と、正解を求めすぎる社会に一石を投じた。


(出典 news.mynavi.jp)


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