バラエティ


TVチャンピオン』(テレビチャンピオンTV CHAMPION)は、1992年4月16日から2006年9月21日までテレビ東京系列で毎週木曜日19:30 - 20:54に放送されていた競技型バラエティ番組である。毎週世の中のあらゆる事象をテーマとし、その道の達人たちが真剣勝負を繰り広げチャンピオン
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(出典 blogimg.goo.ne.jp)


『大食い』でギャル曽根ちゃんは見てました。女の子なのにすごかったです。さかなクンも出ていたのは後で知りましたが、名誉博士となった彼のご両親の教育方針を聞いて、真似できないと思いました。

1 muffin ★ :2022/01/20(木) 21:45:54.24

https://nlab.itmedia.co.jp/research/articles/538714/

「TVチャンピオン」は、さまざまな特技を持った素人の挑戦者たちが、その知識や技術を競ってチャンピオンを目指すバラエティ番組。挑戦的な企画を放送するテレビ東京系の番組の中でも、人気の高い名物番組です。 惜しまれながら2006年に放送を終了しましたが、現在でも得意ジャンルを生かしてメディアで活躍している歴代チャンピオンもいますよね。 そこでねとらぼ調査隊では「『TVチャンピオン』の中で一番好きだった選手権は?」というアンケートを実施。まずは3つの選手権をピックアップ。

♦大食い選手権
「TVチャンピオン」といえばこれを思い出す人も多いほど、定番中の定番だった選手権。挑戦者が次々に出てくる大量の食べ物をがつがつ平らげていく様子が痛快な企画でした。
現在フードファイターとして活躍する人の中にも、大食い選手権出身の人が多数います。大食いに命を懸けている人たちの凄まじい戦いに目が離せませんでした。

♦プロモデラー王選手権
模型やジオラマ制作において、並外れた技術を持ったプロたちが自身のオリジナル作品でさまざまな世界観を構成し、No.1を競う企画。
主にジオラマを得意とし、優れた手腕で何度も優勝した山田卓司さんをはじめ、フィギュア作家として各メディアで活躍していた寒河江弘さんもこの企画の出場者でした。
♦全国魚通選手権
全国から、魚に関する豊富でディープな知識を持った人たちが集まり、造詣の深さを競う選手権です。
全国魚通選手権で一躍有名になったさかなクンさん(当初は本名で出場)は、ここから一気に名を轟かせ、今やタレントとしてだけではなく大学教授や研究者など数々の肩書を持つまでになりました。

♦その他
大食い選手権
お花屋さん選手権(フラワーアレンジメント選手権)
手先が器用選手権
コロコロからくり装置王選手権
プロモデラー王選手権
ダンボール王選手権
バルーンアート王選手権
甘味(女)王選手権
もちつき王選手権
ペーパークラフト王選手権
親子漢字王選手権
発泡スチロール王選手権
小学生IQ王選手権
レゴブロック王選手権
ゆるキャラ日本一決定戦
回転すし職人選手権
ドールハウス王選手権
氷彫刻王選手権
アキバ王選手権
マグロ漁師王決定戦
無人島王選手権
引越し屋さん選手権
特殊メイク王選手権
美容師王選手権
パチプロ王選手権
サンドアート王選手権
氷彫刻王選手権
新幹線王選手権
全国魚通選手権
和菓子職人選手権
全国折り紙王選手権


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クイズタイムショック』(QUIZ TIMESHOCK) は、1969年からテレビ朝日(旧:日本教育テレビ)系列で3期にわたってレギュラー放送されていたもしくは改編期または不定期に特別番組で放送されているクイズ番組である。通称「タイムショック」。 本項では、そのリメイク版である同名番組と『タイムショ
160キロバイト (23,995 語) - 2022年1月18日 (火) 18:22



(出典 cdn-ak.f.st-hatena.com)


ローカル番組だと思うのですが、名古屋に住んでた頃に見ていた『天才クイズ』が思い出に残っています。子供向けのクイズ番組で、小学生がマルかバツか帽子をかぶって回答するんですけど、面白かったというのを覚えています。

1 征夷大将軍 ★ :2022/01/19(水) 14:01:14.93 ID:CAP_USER9.net

Yahoo!ニュースオリジナル1/19(水) 12:44配信
https://news.yahoo.co.jp/articles/d4559b39441570042d497c3c8d04ba325386ef6c

まだ“お茶の間”が生活の中に残っていた時代で、出場者さながらテレビの前でともに答えを出し合って楽しめるクイズ番組はかっこうの娯楽として家族の団らんの中でも存在感が大きく、テレビ各局は趣向を凝らしてさまざまな番組を生み出していた。そんな昭和生まれのクイズ番組を振り返ってみた。

■庶民のあこがれだったハワイ旅行「アップダウンクイズ」
解答者6名が正解すると一段ずつ上昇するエスカレーター式ゴンドラに乗り早押しクイズにチャレンジ、不正解だと一番下まで戻されてしまうが、みごと10問正解して一番上まで上り詰めるとハワイ旅行と賞金10万円を獲得しアシスタントからお祝いのハワイアンレイをかけられた。

■NHKならでは「連想ゲーム」「クイズ面白ゼミナール」
NHKの「連想ゲーム」は1969(昭和44)年から1991(平成3)年まで22年に渡り放送されたクイズ番組で、同局の紅白歌合戦のように解答者が紅・白2チームに分かれて競い合うスタイルを採った。NHKといえば1981(昭和56)年から1988(昭和63)年まで放送された「クイズ面白ゼミナール」も忘れがたい。

■スリリングな展開で人気「クイズタイムショック」
1分間に12問のクイズを解き何問正解できるかを競う。時計の文字盤を模したセットを背景に高い位置に解答席が設けられ、成績が悪いと解答者を乗せたまま席が回転したり煙に包まれる。背景の文字盤は60個のランプが秒針の役割を果たし、刻一刻と時間が経過していくスリルが演出された。

■昭和から令和、3つの時代またぐ「パネルクイズ アタック25」
児玉清司会で1975(昭和50)年に番組がスタートした。クイズに解答しつつ25枚あるパネルをすべて自分の色にすることを目指すスタイルで、オセロゲームのような攻防戦も見どころだった。

■久米宏が全国に一躍ブレークした「ぴったしカン・カン」
1975(昭和50)年、久米宏が司会を務めた「ぴったしカン・カン」(TBS系)もスタート。こちらは1986(昭和61)年の終了まで人気を博した視聴者参加型のクイズ番組だ。

■大橋巨泉の司会で民放きっての人気番組に「クイズダービー」
1976(昭和51)年には大橋巨泉が司会の「クイズダービー」(TBS系)がスタートした。“ダービー”とタイトルにあるように、出場者が解答者の中からクイズに正解するだろうと予想する人物を選び「はらたいらさんに500点!」などと持ち点をかけて得点を増やす競馬方式が特徴。解答者には問題ごと倍率がつけられた。巨泉の司会では同局系の「世界まるごとHOWマッチ」も1983(昭和58)年から1990(平成2)年まで放送され人気番組となっている。

■超ド級の大型番組「アメリカ横断ウルトラクイズ」
1977(昭和52)年には派手な存在感を放つ大型クイズ番組が登場した。「アメリカ横断ウルトラクイズ」(日本テレビ系)だ。視聴者参加型のクイズ番組だが、日本一のクイズ王を決めようと全国各地から挑戦者を集め、アメリカ大陸を横断しながらクイズに挑戦。敗者はその場に置いていかれ、最終決戦は勝ち残った2人がニューヨークで雌雄を決するというもの。

■関口宏が所狭しとスタジオを歩く「クイズ100人に聞きました」
司会者席に座って司会をするスタイルが定番だったなか、関口宏がタイピンマイクをつけてスタジオをまわるアクティブで新しいスタイルの司会ぶりが目をひいたのが1979(昭和54)年スタートの「クイズ100人に聞きました」(TBS系)。一般人100人へのアンケートを設問に、その結果を推測して答えるというもの。

■愛川欽也と楠田枝里子の名コンビ「なるほど!ザ・ワールド」
「なるほど!ザ・ワールド」(フジテレビ系)はタイトル通り、日本ではほとんど知られていない話題を現地からのクイズ形式のレポートで紹介するスタイルで人気を獲得した。

■柳生博のコールも印象深い「100万円クイズハンター」
やはり1981(昭和56)年には柳生博司会の「100万円クイズハンター」(テレビ朝日系)が始まった。「ハンターチャンス!」のコールが印象深い。

■クイズの甲子園「全国高等学校クイズ選手権」
1983(昭和58)年から始まった「全国高等学校クイズ選手権」(日本テレビ系)も毎年夏季開催で現在も続く。同じ学校に通う3人1組のチームであることが条件で、各地の予選を経て全国大会での優勝を目指す。

■ミステリーハンターも楽しみ「世界ふしぎ発見!」
1986(昭和61)年スタート。世界各地をミステリーハンターと呼ばれるリポーターたちが取材、そのレポートを受けてスタジオでは歴史や文化風習をはじめミステリーにいたるまでクイズやトークで紹介する。
(文・志和浩司)
※全文はリンク先で


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水曜どうでしょう』(すいようどうでしょう、How do you like wednesday?)は、北海道テレビ(HTB)制作のバラエティ深夜番組。通称は「どうでしょう」・「水どう」・「どうリタ(どうでしょうリターンズ)」・「どうクラ(水曜どうでしょうClassic)」など。シンボルキャラクターは福助人形。
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(出典 www.htb.co.jp)


ステッカーを貼ってる車がたくさんあって、すごい人気の番組なんだなあって思ってました。今では大河俳優の大泉洋ですもんね。TEAM NACSのメンバーも、全員が俳優として活躍しているんだからすごいです。

1 愛の戦士 ★ :2022/01/18(火) 16:29:41.69

LEON 1/18(火) 7:30

1996年、北海道テレビでスタートしたバラエティ番組『水曜どうでしょう』は大泉 洋をスターにのし上げ、今も再放送が続く超人気番組です。その企画・制作を担当し、自らも「ミスター」として出演していたのが鈴井貴之さん。業界の常識を覆した人気番組はどのように生まれたのか?

既成概念に囚われず、その行動によって時代を切り拓いてきた「カッコいい大人」たちを紹介する今回の特集。ご登場いただくのは、北海道テレビ発の伝説の人気番組『水曜どうでしょう』を企画した鈴井貴之さんです。

その名前を聞いてわからない方も、番組に登場して若かりし大泉 洋さんと過酷な旅をしていたイケメンの“ミスター”といえば「あの人!」とピンとくるでしょう。

「低予算、低姿勢、低カロリー」の三大要素をスローガンに掲げて
── 『水曜どうでしょう』は1996年のスタートですが、今でも昔の番組が地方局で繰り返し放送されている超人気番組です。全国的に熱狂的なファンも多いと聞きますが、鈴井さんは企画の立ち上げから番組に関わっていたそうですね。

鈴井 そもそも『水曜どうでしょう』が始まる前に、北海道テレビで深夜の帯番組をやっていたんです。それに大泉 洋が出演していて、僕も制作に関わっていたんですが、局の方針で打ち切りが決まってしまいました。当時の制作陣が「1曜日だけでも番組を残してくれ」と懇願した結果、水曜日の深夜帯だけ自社制作の番組ができるようになったんです。

ただ、当初は半年間だけで終わると聞いていたので、であれば、もう「好き勝手やろうぜ」みたいな(笑)。ある意味期待されてないところからの天邪鬼な考えで、地方ローカルの番組は基本的にその土地に根差した内容をやるのが主流だけど、あえて「北海道じゃないところでロケする番組を作ろうじゃないか」というところからスタートしたんです。
── では、当時はこんなに全国区の人気番組になるとは想像もしてなかったんですね?

鈴井 もちろんです。それが番組販売という形で、いろんな地方の放送局が買ってくださって。早かったのは、神奈川と宮城と静岡ですね。それでどんどん広まっていった感じです。逆に東京では放送されなかった。だから地方のかたほどファンが多い(笑)。

── 『水曜どうでしょう』の放送がスタートした1996年は、日本テレビの『進め!電波少年』でも猿岩石がヒッチハイクの旅をしていて、それぞれの番組が、ハンドカメラひとつ持って旅をするスタイルの先駆けだったように思うのですが。

鈴井 それは大手さんとは全然違ますよ。日テレさんは予算があって、ユーラシア大陸とか横断できたんでしょうけど、我々は本当に予算がないところから始めているので。1本単価だと番組が作れないから、10本分の予算で遠いところに行って10本分撮ろうという苦肉の策ですね。

最初の企画なんて本当に申し訳ないけど、アーティスト・インタビューをブッキングして、東京までの飛行機代をレコード会社さんに出していただいたり。観光協会で宣伝してほしい国はないかなってアンテナを張って探しまくったり。

とにかく僕らは、「低予算、低姿勢、低カロリー」の三大要素をスローガンに掲げてましたから。だから、カテゴリーとしてはバラエティ番組かもしれませんが、出演している我々にとってはドキュメンタリーなんです。いろいろ演出の手が加わっている番組は少なくないけど、「うちはガチでいこう」と(笑)。

※続きはリンク先で
https://news.yahoo.co.jp/articles/fefcdc3fba26168923127c3c18ffb5a8649c7e8a
▲ 北海道テレビ発の伝説の人気番組『水曜どうでしょう』を企画した鈴井貴之さん

(出典 i.imgur.com)

▲ 本当にそうしたいわけじゃなくて、「そうなってしまった」。そこがたぶん見る人の共感を呼んだし、喜んでくださったのかなって

(出典 i.imgur.com)


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ロンドンハーツ』(LONDON HEARTS)は、テレビ朝日系列で1999年4月18日から放送されているお笑いバラエティ番組であり、ロンドンーツ1号2号の冠番組である。通称は『ロンハー』。 特に断りがなければ、視聴率はいずれもビデオリサーチ調べ、関東地区・世帯。 1999年4月18日に『イナズマ
125キロバイト (19,359 語) - 2022年1月14日 (金) 16:20



(出典 biz-journal.jp)


YouTubeは見たいと思って見るから、コンパクトに面白い編集が好まれます。テレビは時計の代わりにしたり、何となく見てみようかって、つけてることが多い。その何となくを何とかするのがテレビだと思うから、この2つの違いを正しく認識しないとダメだと思います。

1 ストラト ★ :2022/01/18(火) 18:40:33.68

https://news.yahoo.co.jp/articles/86b1831706df7c77cc525780c473bb0a587a3b45


改編の大きな特徴3つ目は、放送時間が変更になるバラエティー番組の増加だろう。

「コロナ禍で海外や地方ロケがやりづらくなるなど、撮影に制限が出た影響もあると思いますが、昨年始まった新番組は日テレ系の『オモウマい店』以外、視聴率が伸びずに苦戦しています。そこで、既存の番組の放送時間を調整することでテコ入れしたいのでしょう」(制作会社関係者)

時間短縮しやすい番組
テレビ朝日はオードリー若林正恭と弘中綾香アナが司会を務める『激レアさんを連れてきた。』とロンドンブーツ1号2号の冠番組『ロンドンハーツ』をこれまでの1時間から30分に短縮する。

「若い世代はYouTubeやショート動画アプリのTikTokに慣れ親しんでいるため、短い動画が視聴されやすい傾向があります。配信での再生回数を意識しての時間短縮ではないでしょうか」(放送作家)

エンタメ事情に詳しいフリーライターの大塚ナギサさんは、番組構成も関係していると指摘する。

「『激レアさん』は毎週2~3組が登場。『ロンハー』も企画が2本立てだったり、30分に短縮しやすい構成というのも大きいと思います。また両番組はスタジオ収録がメインのため、ロケ番組よりも時間短縮の融通が利きやすい」

テレビ朝日は、20分番組を3本放送する深夜のバラエティーゾーン『バラバラ大作戦』を'20年秋から開始。

「ネットテレビ局ABEMAや、見逃し配信サービスTVerでの視聴を意識してスタート。スマホでの視聴が当たり前の'90年代後半から'00年代生まれの“Z世代”から支持を受けています。『激レアさん』と『ロンハー』の時間短縮から、“未来のお客さま”ともいえるZ世代を取り込みたい思いが伝わってきますね」(テレビ誌編集者)

視聴者の習慣が変わった
反対にテレビ朝日系のくりぃむしちゅーの冠番組『くりぃむナンタラ』とバイきんぐ小峠英二が司会を務める『電脳ワールドワイ動ショー』は30分から1時間に倍増。
TBS系の『バナナマンのせっかくグルメ!!』は1時間から1時間半に拡大する。

「時間が拡大しても飽きさせないMCの実力があり、リアルタイム視聴率が期待できる番組は放送時間を延ばすなど、各局いろいろ試している印象はありますね」(前出・制作会社関係者)

日本テレビ系の『月曜から夜ふかし』や、かまいたちMCの『超無敵クラス』、TBS系の『週刊さんまとマツコ』など放送枠が移動する番組も多いが、前出の大塚さんはこのように分析する。

「以前は習慣で視聴する人が多かったため、ゴールデン帯への昇格も含めて枠移動はリスクが大きいといわれていました。しかし、録画や見逃し配信で視聴する人が増えたことで、人気番組は放送枠に関係なく視聴してもらえる。そのため、局としても枠移動をしやすくなったのでしょう」

テレビ朝日に『激レアさん』と『ロンハー』の放送時間が短縮されることについて問い合わせるも、

「現時点で4月改編についてお答えできることはありません」との回答にとどまった。

近年、若者のテレビ離れが叫ばれているが、新しい試みでZ世代を取り込むことはできるか。


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なるほど!ワールド』(英:Naruhodo! The World)は、フジテレビ系列で1981年10月6日から1996年3月26日まで、毎週火曜日21:00 - 21:54(JST、レギュラー放送時代)に放送された紀行クイズ番組である。レギュラー放送終了後、特番枠で年に1 - 2回ほど
83キロバイト (11,002 語) - 2022年1月16日 (日) 02:35



(出典 pbs.twimg.com)


今思い返しても、当時のバラエティのキラキラ感はなんだったのでしょうね。でも、予算の限りを尽くして、視聴者を楽しませようとするテレビスタッフの気概を感じる番組が多かったと思います。

1 爆笑ゴリラ ★ :2022/01/16(日) 08:54:12.77 ID:CAP_USER9.net

1/16(日) 6:04配信
女性自身

“へえー、なるほど”と思わせるクイズが魅力だった『なるほど!ザ・ワールド』/ Copyright (C) 2022 Kobunsha Co.,Ltd. All Rights Reserved.

住んでいた場所は違っても、年齢が近ければ「そうそう! わかる」って盛り上がれるのが、青春時代に家族で盛り上がったクイズ番組の話。活躍する同世代の女性と一緒に、“’80年代”を振り返ってみましょう――。

■クイズを楽しみながら海外旅行を疑似体験

「『なるほど!ザ・ワールド』はバブル予兆期の’80年代初頭に始まり、バブル最盛期にかけて大きく成長。好景気で番組の予算が豊富だったため『世界まるごとHOWマッチ』(’83〜’90年・TBS系)、『クイズ世界はSHOW by ショーバイ!!』(’88〜’94年・日本テレビ系)など、海外ロケを用いた番組が増えてきた時代でした」

そう話すのは、世代・トレンド評論家の牛窪恵さん(54)。

なかでも先頭に立っていた『なるほど!ザ・ワールド』は、レポーターが世界を訪れ、珍しい事象を紹介し“へえー、なるほど”と思わせるクイズが魅力だった。

「’80年代初頭、海外旅行は、まだまだ憧れ。ハワイや欧米の主要都市を旅行する人は増え始めたものの、まだなじみのなかった国、秘境などから伝えられるクイズは、海外旅行を疑似体験できるだけでなく、多様性を学ぶ機会にもなったのではないでしょうか」

もちろん、クイズの内容だけで視聴率が30%を超えるオバケ番組にはならない。

「そこには『クイズ・ドレミファドン!』(’76〜’88年・フジテレビ系)をヒットさせたことでも有名な、王東順プロデューサーの、“見せる”アイデアが豊富に盛り込まれていたのです」

たとえば解答席が階段状になっていて、上の段の解答者から答える権利が与えられるルール。

「予選で1位になった車が、決勝で先頭のポールポジションからスタートできるカーレースから、王さんは着想を得たそうです」

こうしたスタイルの番組で、司会進行をしていたのが「おまっとさん」でおなじみの愛川欽也さん。

「解答者が、ドラマ出演の告知を兼ねた有名俳優など、非常に華やかだったことも特徴です。そんな解答者の答えに対し、愛川さんは『本当にそれでいいの?』と聞き返して迷わせたり、軽妙なトークで珍解答を引き出したりしていました」

レポーターに抜擢された益田由美さんの存在も大きかった。時には全身泥パック姿、時にはコスプレ姿で登場。

「局アナを過酷な海外レポーターに抜擢したのは、かなり珍しいケース。その奮闘ぶりから“ひょうきん由美”と愛されました」

’90年代に入ってからは、優勝者が豪華賞品を懸けて挑むゲームで、トランプマンを起用したことが記憶に残っている人も多いはず。

「クイズばかりでなく、トークあり、マジックありの総合エンターテインメント番組だったのです」


(出典 newsatcl-pctr.c.yimg.jp)

https://news.yahoo.co.jp/articles/8c7383f77d14e27b726a0b40abb6e5ddc0ccdcc6

【写真あり】『なるほど!ザ・ワールド』ずらりと並んだ解答者たち
https://jisin.jp/kasou/2058013/image/1/?rf=2


【なるほど!ザ・ワールド バブルの象徴番組 海外ロケで視聴率30%超えの秘密とは?】の続きを読む

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